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2016/03/21 Blog 【週末の教室】3月

昨日は3月のプラナカンビーズ刺繍教室でした。

 

ご参加頂きました皆様、お立ち寄りくださいました皆様

昨日はご足労頂きまして、誠にありがとうございました。

 

ープラナカンビーズシューズ(クローズド)

ープラナカンビーズシューズ(オープントゥ)

ープラナカンビーズ刺繍パース

―プラナカンビーズ刺繍ペンダント

ープラナカンビーズ刺繍キーチェーン

ー額装用キット

 

と幅広く取り組んでいただき、皆様でたくさんの作品や図案を見ながら

楽しいひとときをすごさせて頂きました。

 

昨日は新しいシンガポール人の生徒様のご参加もあり

日・英で開催させて頂きました。

 

新しい図案でシューズ製作に取り組んで頂いた生徒様の作品。

どのような仕上がりになるのか楽しみにしています。

 

そして、数回のレッスンに参加頂いているパース製作の生徒様の作品も、

美しい紺の極小カットビーズをふんだんに取り入れられ

大変丁寧な刺繍(しかも裏面も美しい)で進んでいらっしゃいます。

完成を心待ちにしています。

 

教室には、日本人在住者様を中心に、シンガポール人、在住外国人

観光客の皆様にご参加いただいています。

プラナカンビーズやシンガポールの地で繋ぐ出会いに、

心からありがたいことだな、と感じています。

 

プラナカンビーズ刺繍教室を単独で開催させて頂いてから

早1年が過ぎました。

 

少人数で月に1回、しかも週末のみと限定しているにも関わらず

たくさんの方にご参加いただきましたことを改めて御礼申し上げます。 

 

長年プラナカンに愛用されてきた、希少なヨーロッパ産のビーズを利用する

プラナカンビーズ刺繍をご提供したいという思いから

細々とやっていこうと始めた教室運営。

 

ご参加者様から、知人様に紹介いただいたり、周りの方にお勧め頂くなどして、

本当に多くの方にご参加いただけるようになりました。

このようなWEBサイトも製作することになろうとは当初考えにはありませんでしたが

生徒様のオリジナリティのあふれる作品や昔のプラナカンシューズを見ていただくことで

様々な国でプラナカンビーズ刺繍を行っている皆様の創作活動に生かして頂ければと思っています。

 

14年の長いシンガポール生活の中で、プラナカンビーズ刺繍に魅了され

プラナカン生活様式に生きたニョニャやプラナカンファミリーに繰り返し会いに行き

伝統技法や当時の様子、歴史背景などを惜しみなく話してくださったり、

たくさんのビーズ刺繍を見せて頂く機会に恵まれました。

 

そして、プラナカンビーズ刺繍の技法や伝統図案を譲ってくださった

多くのプラナカンの方々、職人さん、関係機関、そして先駆者の方々。

そうした沢山の皆様から教えて頂いた貴重な情報や知識や文献資料を集約して

教室を通して、皆様にプラナカンビーズ刺繍の魅力をお伝えさせていただいています。

 

意外に思われることですが、

シンガポール人やマレーシア人の方でも

プラナカンビーズ刺繍やその歴史背景を知る人は多くありません。

 

「子女のためのたしなみ」、または「家庭内の針仕事」という慣習的な手芸教育で

なおかつ特殊なプラナカンコミュニティの中のみで扱われてきたため、

ここ数十年前までは公にされてきませんでした。

ヨーロッパからのカットビーズの販売手法も限定されたルートによるもので

なぜ極小ビーズがマレー半島に存在していたか知らない方も多くいらっしゃいます。

 

作家や職人としての指導者育成や職業訓練としての側面は一切ありませんでしたので

書面や文献は近年のもののみとなっており、

プラナカンの生活様式を知る方々からお話を聞かせて頂いたり

昔のビーズ刺繍や利用ビーズを拝見させて頂くことが、

プラナカンビーズ刺繍を知る確かな情報源となっていました。

 

世界でも稀に見る東南アジア独特のビーズ技法を使うプラナカンビーズ刺繍もあり

このような技法の研究に取り組んでいらっしゃる方にもお会いし

お話をお伺いしてまいりたいと思っています。

 

尽きることがない奥深いプラナカンビーズ刺繍の世界。

今後も教室等を通して皆様と共有させていただければ幸いです。

 

どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

 

■写真は会場のテーブルにかざってあったお花たち。

同じ四川豆花さんの場所で結婚の宣言式が行われていました。

 

2016/03/18 Blog 『多么美啊:プラナカンビーズシューズ作り修行日記』2016年3月

先日からプラナカンビーズシューズの土台を作っています。

 

師匠から頂いた刀で

均一になるように掘り続けます。

 

今も昔も、全ての工程が手作業の

師匠、宗さんのプラナカンビーズシューズ作り。

量産はできませんが、やはり完成した靴のフォルムがまったく異なります。

 

実際作ってみるとどれだけ手間暇をかけて作っているのかが、よく分かります。

 

大変ですが、この木を削る作業はすごく楽しく

小学生のときの彫刻刀の時間以来です。

 

次第に形になっていくプロセスは

ビーズ刺繍の作業と似ているかなと感じます。

 

師匠は根っからの職人さんなので

基本は姿を見てやらせる、覚えさせる、という教授法です。

 

でも、昔教わった事と繋がったり、

「だから大切なんだ」と気づきをくれたり

時々様子を見て新しい事を教えてくれたり

段階を考えてくれているのか、たまたまなのか?

 

昔、「ベスト・キッド」という米映画(1980年代)がありまして

最近のジャッキー・チェンが演じたリメイク版ではなく、

日系アメリカ人のミヤギさんが出てくる映画なのですが

ミヤギさんが、アメリカ人少年のダニエルにペンキ塗りを通して

空手の動きを教えるシーンに、なぜか被ります。

 

師匠のお顔も、心なしかミヤギさんに似ています。

 

皆さん、「ベスト・キッド」知っていますか?

 

過去の日記>>

 

『多么美啊:プラナカンビーズシューズ作り修行日記』2016年3月3日

 

 

 

2016/03/15 Blog 【生徒様の作品】プラナカンビーズシューズ (伝統図案)

今回はプラナカンビーズシューズのキットをお送りさせていただき

海外でご製作をいただいている方の作品をご紹介いたします。

 

シンガポール、日本、そして

遠く離れた地に住んでいらっしゃる日本人の方、

外国人の方とやり取りができるのを不思議に思うと同時に、

プラナカンビーズ刺繍で繋ぐご縁に嬉しさでいっぱいになります。

 

プラナカンビーズ刺繍のセットを用意し、配送をするたびに

『この方だけの世界でひとつだけのプラナカンビーズ刺繍。いってらっしゃい』と

ビーズたちを送り出すような、なんとも言えない感慨深い気持ちになります。

 

こちらの作品に取り組んで頂いている方も海外に住んでいらっしゃり、

説明書だけで様々な作品に取り組んでいらっしゃっています。

 

初心者様とは思えないほどの速さ、丁寧さで、

プラナカンローズが綺麗に浮かび上がった写真を頂いた時は

「美しい・・・」と何度も見返してしまいました。

 

ローズの中央にご利用いただいたのは、

イタリア産アンティークビーズのターコイズカラー。

 

シンガポールプラナカン博物館に展示してある大きな刺繍のテーブルクロス。

皆様、ご覧になったことはありますでしょうか?

 

あの刺繍の中で多く利用されているビーズと

同じ年代、同じ製造会社のビーズです。

グラス原料がもう入手できず、製造することはできない希少なビーズ。

 

時代を超えて、現代の皆様の刺繍の中で生き続けていくことに

運命やご縁を感じますし、何よりビーズの個性を生かして作る

美しいプラナカンビーズ刺繍を実感していただきたいと思います。

 

こちらの図案は人気があり、伝統図案として1950年代くらいから利用されてきています。

長年多くの方が製作されていますが、配色を若干変えたり、

ビーズの種類をこだわったりして、世界でひとつだけのシューズになるようにしています。

 

また、経過を拝見させていただきますのを楽しみにしております。

 

■掲載許可を頂いた生徒様の作品をご案内しております。

 

2016/03/14 Blog プラナカンビーズ刺繍 x いろいろステッチ *手帳カバー*

旧正月前後に、自由気ままに作っていた手帳カバー。

 

きらきらきらめくプラナカンビーズ刺繍に

 

フォーサイドステッチ

クロスステッチ

スタッヅ

 

色々組み合わせて、楽しく作りました。

 

 

 

2016/03/12 Blog 祖父母からの贈りもの ー江戸時代の箪笥ー

今からさかのぼること、数百年前の江戸時代後期から

歴代の祖母たちが花嫁道具として使ってきた総桐箪笥。

 

祖父母から譲り受け、約1年半による箪笥の修復作業を経て

この度、シンガポールの自宅に無事に運ばれてきました。

 

譲り受けた数年前は、金具はさび、木の部分も朽ち果てていました。

それでも長年大事に受け継いできた箪笥だと聞いて、

昔の箪笥の事を調べたり、日本の職人さん探しをすることから始め

修復することにしました。

 

数か月、打ち合わせを重ね、

山形県の金具・箪笥職人さん、岩手県の漆塗り職人さんなど

日本の伝統工芸の匠の技術を持つ東北の職人さんたちに出会うことができ

このほど無事に修復頂くことができました。

 

新しい素材はまったく取り入れず、

木材も金具も、くぎのひとつひとつも昔のまま。

 

この箪笥は観音箪笥と呼ばれ、

江戸時代から明治時代初期に、昔の東京や関東周辺で作られていた総桐箪笥ということです。

 

昨年亡くなる前に祖父から聞いた話では、昔は女の子が産まれると

自宅の庭に桐の苗木を植え、婚礼の適齢期になると大木になるので

総桐箪笥と着物用の履物を作ってもらい、婚礼時に持たせる習慣があったということでした。

 

苗木を育て見守るところから、娘とともに成長した桐の木を

箪笥や履物に仕立てて、一緒に送り出すまで

家族の思いや愛情が長きにわたって込められていると感じます。

観音扉についた家紋が入った金具には

嫁ぎ先でも家族の事を時より思い出すよすがにできるようにという

親心を込めたということでした。

 

着物を入れる引き出しのほか、からくり箱と言う、隠された引き出しがあったり

順番に鍵を開けていかないと、引き出しが開かないという、当時の職人の粋な仕掛けもあります。

 

米沢箪笥や仙台箪笥のように蝶や牡丹を表現した優雅な金具は一切なく

嫁入り道具であるのに男性的で勇ましい印象です。

 

徳川家光時代に日光東照宮建設のために全国から呼び寄せられた宮大工や装飾職人達が

建設が終わる頃に江戸や関東近郊に移り住み、桐箪笥職人として手掛けた当時の特徴との事です。

 

箪笥表面の輝く艶の漆黒は、今回の修復で一番時間を要したところで

漆と日本の四季の関係、段階に分かれた塗り工程は大変興味深いものでした。

 

昔から日本の文化の根底を支え、生活とともにあった漆。

 

岩手県で熟練の漆掻き職人が採取した漆を精製した岩手産漆。

現在、漆掻き職人は20数名ほどだそうで、

国産漆は日本国内年間利用量のうちのわずか1%でしかないのだそうです。

 

箪笥の修復に利用させて頂くことで、
日本の漆文化の素晴らしさを次世代や海外の人たちに話せていけたらと思います。
 
今は無事に到着した箪笥を眺め、日本の伝統工芸のこと、
東北の職人さんたちのこと、そして、東北のこと。
 
現代に生きる私が受け継ぐことができたことに

いろいろな思いを馳せています。

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